「山が移り、丘が揺らぐこともあろう。しかし、わたしの慈しみはあなたから移らず、

  わたしの結ぶ平和の契約が揺らぐことはないと、あなたを憐れむ主は言われる。」

    イザヤ書 54 : 10   

 



 教師  武田 晨一 
月報巻頭言
泉北伝道所 月報 2020年9月
 「山が移り、丘が揺らぐ」と言うことには三つのことが語られています。一つは、山や丘は、絶対に動かない。太陽が西から

昇ることがないように、そんなことは絶対にあり得ない、そう言うあり得ないことが起っても、「わたしの慈しみはあなたから

移ら」ない、と言います。第二は、普段あまり起らないことが実際に起こった場合のことです。世界的なコロナウィルスの感染の

ように、例え世界経済が破綻して人々の生活が行き詰まるようなことがあっても、「わたしの慈しみはあなたから移」ることはない、

と語りかけています。第三は、もう少し広く考えて、「山が移り、丘が揺らぐ」とは、私たちの環境が以前とは全く変えられることを

指します。


人生において誰もが例外なく確実に変化していくのが年齢です。人生の晩年は、若い時代と比べて肉体も環境も色々な面で変わって

しまいます。そしてその変化の様子は目に見えません。一日一日の変化は全く分かりません。しかし、紙を一枚一枚剥いで行くように

して、気が付くと、肉体は衰え、立派な老人になっています。これは誰もが経験する、自分自身の驚くべき変化です。その時、頭では

分かっているつもりでも、不安になることがあります。肉体が次第に衰え、自分の将来に淋しい生活しか見えなくなると、神は愛である

と知りながらも、心の底から喜べなくなってきます。

しかし、聖書は、「わたしの慈しみはあなたから移ることはない」と告げています。「慈しみ」とは、神が、人間を神の交わりの相手

として創造されたこと、共にいて愛の対象として下さることです。人間はその「慈しみ」に応えて、神と共に歩むことが、最も人間らしい

幸せな生き方なのです。また、神は私たちと共に歩むと言うだけでなく、私たちの味方となって、今あるがままの私たちを受け入れ、

導き守って下さいます。これが「平和の契約」と言うことの意味です。この神の御心は真実で、私たちが不信仰に陥って神に背くことが

あっても変わることがありません。この神の御心を顕すためにイエス・キリストはこの世に来られたのです。神は人間と一つとなって永遠の

同伴者となることを望まれ、行動されました。この神を信じて、私たちの将来も、どのような事態をも、全てを主に委ねて、神の愛と慈しみ

の中で、生き生きと、喜んで歩んで参りましょう。





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