そのころ、・・・百二十人ほどの人々が一つなっていた。(使徒言行録115より)
 一同が一つなって集まっていると、・・・一同は聖霊に満たされ、“ 霊”が語らせる
ままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
(使徒言行録
2:1、4より)

 



応援教師 山本 清   
月報巻頭言
泉北伝道所 月報 2024年6月

 泉北伝道所では、55日に開設36周年記念礼拝を行ない、同月19日にはペンテコステ(聖霊降臨日)を迎え、69日には、

召天者記念礼拝を行ないます。

 
この時期に、礼拝では使徒言行録の12章の、初代教会の様子が記された箇所から御言葉を聞いている。その中で、「一つに

なって
」という言葉が、上掲のように、
115節と21節にある。ここでは、その言葉に注目したい。

 
主イエスの弟子たちは、もともと様々な生き方をしていた者たちでした。漁師をしていた者、税金を集める徴税人であった者、

ローマ帝国の支配を武力で打ち破って、ユダヤの独立を勝ち取ろうとしていた者などがいました。一緒に何事かをしようとすれば、

意見や態度が違ってしまいそうな集団でした。その集団のリーダーである主イエスが、十字架と復活の後、天に昇ってしまわれた

のですから、バラバラになってしまっても当然のような状況でした。そんな集団が、どうして「心を合わせて」(
114)「一つ

になる」ことができたのでしょうか。

 それは、一つには、主イエスが逮捕されて十字架にお架かりになった一連の出来事の中で、自分たちは何の力もないだけではな

く、主イエスを信じきれなかった罪の只中にあることを思い知らされたことです。そんな中で、これから何事かを始めることが出

来るなどとは、考えられない状態でした。全てを失った「無」の状態における一致、ゼロにおける一致、貧しさにおける一致、主

イエスに対して何も誇るべきものをもたない一致、十字架の出来事を通して自分に死んだこととなる一致であります。

 
しかし、そうした中で、弟子たちは、復活の主イエスに出会うことが出来ました。それだけでなく、不甲斐なかった自分たちの

罪を赦して、もう一度、新しい務めに用いようとしてくださる恵みの御心を知ることも出来ました。その後、主イエスは天に昇ら

れましたが、百二十人ほどの人々が心を合わせて一つになって、熱心に祈るうちに、聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、国々

の言葉で福音を語ることが出来たのです。

 
この状況は、二千年後の今も変わらないのです。教会の見える姿は、一向に進展がないように見えます。しかし、イエス・キリ

ストの語られた言葉と約束は、今も生きており、やがて、キリストが再臨される時は、刻々と近づいているのであります。
                                           
 (5月26日 主日礼拝説教より)







                                                            

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