「パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒
に航海してるすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。ですから、皆さん、
元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、その
とおりになります。」(使徒言行録27:24~25)
「船」というのは、一種の運命共同体であります。複数の人が乗っている場合は、乗船者が他人同士で、普段は交わりが
なかったとしても、船に命を預けているという点では運命共同体であります。一旦嵐に遭遇して船が沈めば、底無しの海の
上に皆、投げ出されてしまいます。そこには階級の差、身分の差、貧富の差はありません。私たちが生活している地域社会
では、普段はそれぞれ、別の生き方をしていますが、そこで起こることは、周りに影響が及ぶし、共同体全体の運命に影響
を及ぼします。――使徒言行録27章13節以下は、一つの共同体の中にある信仰者(キリスト者)の役割を考えさせる箇所で
あります。
パウロと他の数名の囚人が、百人隊長ユリウスに引き渡されて、カイサリアから船出します。その目的はローマ皇帝のも
とで裁判を受けるためです。だがそこにもう一つの目的が隠されています。それは、主が夢の中で示されことで、「ローマ
でも証しをしなければならない」という主の御計画が隠されていたのでありました。私たちが属している家庭や職場や地域
社会は、それぞれ別の目的をもって生きているのですが、そこに神からの使命を持った者がいるということは、その集団の
運命に大きく関わるのです。
逆風が吹き荒れる中で、パウロはこれまでの経験から、航海を続けるのは危険であると判断して、慎重論を述べました。
ところが、船長や船主は、少し先の「良い港」まで行こうという意見でした。これらはいずれも、人間の経験や知識から
出た判断でした。しかし、大切なことは神様の判断を祈り求めることです。
そうした中で、パウロは祈るうちに、天使から「パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。
神は航海しているすべての者を、あなたに任せてくださった」との言葉を聞きました。それは、ローマの人々にキリスト
を証しする使命がある、ということであります。神様の使命を受けている者がいる時には、その共同体全体が神様に生か
される、ということであります。私たちが属している共同体の中で、キリスト者の発言は大きくはないかも知れません。
しかし、そこにキリスト者がいることは、その共同体にとって救いなのです。地域に教会があり、神の言葉が聴かれてい
ることは、地域の命を支え、元気と希望を生み出すのであります。 (4月19日の礼拝説教より)