「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるよう
に与えるのではない。」


ヨハネによる福音書1427より
応援教師 山本 清   
月報巻頭言
泉北伝道所 月報 2023年12月

 間もなく、救い主イエス・キリストの誕生を祝うクリスマスを迎えようとしている。この時にあたって、あらためて、主イエスが

何のためにこの世に来られたのか、そのことを主イエス御自身の言葉から聴き取りたい。

 
ここで主イエスは、標記のように、「わたしの平和を与える」と断言されている。「平和」とは、普通、争いや戦争のない状態を

言う。わが国は、戦後80年近く、戦争に巻き込まれることのない状態が続いている。この平和は、平和憲法を制定し、米国との同盟

関係を結ぶ中で守られて来た。また、テロ対策を国際間で協力して行なうのも平和を守るための貴重な努力であり、様々な犯罪を防い

だり、差別や貧困をなくすための努力や、病気や災害を防ぐ対策を行なうことも平和への大切な働きである。また、人と人との交わり

を豊かにしたり、生き甲斐のある社会にすることも、平和な社会を築くために欠かせない。こうした、平和のためのマイナス要因を取

り除いたり、逆に、平和を生み出すプラス要因を育てる努力は、必要であり、大切である。

 
しかし、ここで主イエスは、標記のように、「わたしの平和を与える」と言われる。これはどのような平和か。「わたしはこれを、

世が与えるように与えるのではない」(27節)と言われる。それは26節にあるように、「弁護者、すなわち、父がわたしの名によって

お遣わしになる聖霊」が、主イエスの語られたことを私たちに思い起こさせることによってもたらされるのである。ここで主イエスが

言おうとされている平和とは、主イエスが人間の罪の贖いのために十字架において流された御自分の血をもって勝ち取られた、神と人

間との間の平和であって、その後、御自身に代わって遣わされる聖霊の働きによって私たちにもたらされる平和のことである。この世の

戦争をはじめ、様々な争いやいがみ合いも、その大元にあるのは人間の罪であり、その罪が、主イエスと聖霊の働きによって取り除か

れるのでなければ、地上に真の平和は訪れないのである。

 
主イエスは最後に31節で、「さあ、立て。ここから出かけよう」と呼びかけておられる。私たちの中には、解決していない問題があり、

将来に向けての展望が開けない不安がある。しかし、主イエスは私たちにも、「さあ、立て、ここから出かけよう」と言われる。私たち

だけで出かけるのではない。罪からの解放という本物の平和への歩みが、主イエスと共に始まるのである。        

                                                (12月3日 主日礼拝説教より)        





                                                            

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