「霊に満たされ、詩編と賛歌と霊的な歌によって
               語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい。」

 

    エフェソへの信徒への手紙5 : 19   

 



  教師  武田 晨一 
月報巻頭言
泉北伝道所 月報 2021年8月

今日の聖句の、文章全体の構成を見ますと、原文ギリシャ語では、三つの現在分詞、現在進行形の言葉から成っています。一つは

「互いに語り合いつつ」、二つ目は「心から歌いつつ」、三つめは「讃美しつつ」であります。そしてこの三つのことは、神の言葉

の解き明かしに聞き、祈りを捧げ、この生身の体を「神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げ」 (ローマ12章1節) る礼拝にお

いて初めて生じるものです。礼拝を抜きにしては、互いに語り合い、心から歌い、讃美すると言うことはできません。

 「讃美しつつ」と言うことは、自分を小さくして神様を大きくすると言うことです。近代音楽は「月光」とか「運命」と言った題名で

お分かりのように、人間の感覚や人間の心の思いを表現しようとしています。しかし礼拝を場とし、礼拝を前提とする讃美は、どこまでも

人間の気持ちや人間の心そのものを中心にするのでなく、そのような自分、そのような人間の思いが小さくなって、父なる神、真の命の

主なる神が大きくなることです。

 次に「歌いつつ」ということですが、これはただ声を出して歌うと言うことではなく、人間と自然を越えた永遠なる神に向かって歌うと

言う意味です。一般の合唱団のように会衆に向かって歌うのではありません。また聞いている人の評価を意識して歌うのでもありません。

どこまでもこの世の全てを越えた永遠なる神に向かって歌います。またその讃美を聞く人も、その声に導かれて、共にその心が神に向け

られて行くことです。これが礼拝で歌われる讃美の歌なのです。


 最後に「互いに語り合いつつ」と言うことですが、これは交わりを意味します。天に向かって自分を小さくし、神を大きくして、神を

ほめたたえる歌が共に歌われるところに、人間同士の横のつながり、真の心の触れ合い、交わりが生まれて来ます。

 木の枝は、幹につながっていてこそ、互いに葉を茂らせて調和を保ち、美しい全体の姿を映し出します。どのような人間の集まりでも、

共に一つの神をほめたたえるところに、まさにそのところに、喜ばしい交わりが生まれます。キリストは言われました。「わたしはぶどう

の木、あなた方はその枝である。」
(ヨハネ福音書15章5節) と。

 コロナ禍が収束して、心からなる讃美の歌を共に歌うことができるよう祈るものです。











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