『もし信じるなら、神の栄光を見ることができる。……ラザロ、出て来なさい』と大声で

    叫ばれた。すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。(40-44)

 

    ヨハネによる福音書 11 : 38 – 44   

 



  教師  武田 晨一 
月報巻頭言
泉北伝道所 月報 2021年10月
 
 主イエスは墓に向かいました。墓は石で塞がれていました。主イエスは「その石を取り除けなさい」と、誰も拒むことの出来ない権威を

持って命じられました。生涯に終止符が打たれ、生きる希望が完全に絶たれた状態が墓の中です。その墓の石を取り除くことが復活の希望

への前提でした。私たちは墓に自分の人生の終りを見るのでなく、先ずその墓を塞いでいる不信仰の石を取り除かなければなりません。

 しかし、マルタはその時「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と、弟の死という目の前の現象だけを見ていました。そして、

「この病気は死んで終わるものではない。」「わたしは復活であり、命である。」(25節)と言われたイエスの言葉を聞いていません。

このマルタの姿は、正に現代の私たち姿です。人々は科学的に証明ができ、目に見える事柄だけを確かなこととして信じます。そして意識する、

しないに関わらず、人間の力や権威、お金が絶対であるかのように錯覚し、それらに依り頼もうとします。

 しかし主イエスは、私たちのそうした考えを打ち破りました。見える世界の背後には、それらを支配する目に見えない存在、絶対者、神が

おられます。そのことを知ることによって人は初めて、本当の意味で生きることができるのです。人々は石を取り除き、主イエスは目を天に挙げ

て祈られました。そして、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれました。この大声には勝利の響きがあります。かつて主は「驚いてはならない。

時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子の声を聞く」(5章28節) と言われました。人の子とは再臨のキリストの事です。死んだ人を名指しで呼

んで、復活にまで呼び起こす御声です。

 実に、死んで四日も経ったラザロが主の声を聞いて、死の世界、墓の中から出て来たのです。人間の理性が沈黙する瞬間です。主イエスの言葉に目が

開かれる瞬間です。あのラザロが、布で手足を巻かれ、埋葬されたままの姿で歩いて来たのです。まさしく復活したのです。主イエスを神の子と信じる

者だけが、この奇跡に与かることができます。ラザロの復活は、罪のために滅び行く人間の現実とその死に勝利して下さったイエス・キリストの救いを、

力強く告げています。絶望と思えるような死の現実にある時にも、甦りの主、命の主があなたと共に居られ、あなたの名を呼んで下さるのです。











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