神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、

種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに

実を結ばせ……、豊かな実ができる
(26-28節)
   マルコ福音書 4 : 26 - 34  



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月報巻頭言集
 教師  武田 晨一 
月報巻頭言
泉北伝道所 月報 2019年11月
  神の国とは、この世界の何処かにそういう場所があると言うのではありません。国という言葉は、支配・統治と言う意味です。

初めに神は、聖霊と共に働く言葉を発して
「光あれ」(創世記1:2)と言われ、何も存在しない「無から有を呼び出」(ロマ4:17) し、

六日間に亘ってこの天と地・万物を創造されました。そして神は、創造のご意志が完成される終りの日までこの世界と歴史を支配さ

れます。それは人間の知識と理解を遙かに越えた事柄です。

 そこで主イエスは、神の国を種蒔きの譬によって説き明かされました。種を蒔くのは一度です。これに対して寝る・起きる・芽を

出す・成長すると言う言葉は、継続的な活動を表わしています。私たちの人生は一回限りです。しかし神の支配、神の創造された

世界は 創造の意図に従って完成されて行き、神の働きは休むことなく続きます。それは人の目から見れば
「ひとりでに実を結ばせ

る」
(28節) ように見える人間の力の及ばない真に不思議な働きです。この人生・この世界は、恰も人間の努力と働きで展開されている

かのように思っていますが、実は、この世界は、人間の思いを遙かに越えた神の御支配のもとにあります。そしてただ、創造者なる

神の御心だけが
「実を結」(28節)びます。

 茎・穂・豊かな実りと、その不思議な成長、また土の驚くべき産出力とそのエネルギーが、神の力・聖霊の働きを表わしています。

このことを知らずに私たちは、自分の力で生きていると錯覚して、傲慢と自惚れに陥り、その結果、敗北感と虚脱感に襲われています。

 また 「収穫の時」(29節)とは、神の創造の御意志が完成される「最後の審判の時」、私たちキリスト者が、キリストと共に復活

の命に与る栄光の輝きに生かされる時です。ここに、地上にあるキリスト者の計り知れない大きな希望があります。私たちは
「どんな

種より小さい」「からし種」
に譬えられている極めて脆く・小さく・弱い存在です。しかし、この弱い肉の体で蒔かれても、神の力、

聖霊が働くなら、鳥が巣を作るほどに成長し、甦りのキリストと共に、霊の体に生かされる確かな救いの時、完成の時があります。

今、私たちはどんなに小さく・弱く・破れた存在、誰よりも惨めな存在であっても それは問題ではありません。大切なことは、神の働き

に全てを委ねて、この神の国の希望のもとに
「今」を生きることです。
















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