しかし、伝道の低迷と不振の只中でパウロがやったことは、極めてシンプルな行動でした。パウロは「そこを去り、
神をあがめるティティオ・ユストという人の家に移った」のです。その家は、ユダヤ人たちの「会堂の隣」にありました。
会堂でののしられたパウロは、怒りに満ち、捨て台詞を吐きながら出てゆきましたが、しかしすぐ隣の家に移り、ここでも伝道を
続けたのです。聖書は、この驚くべき(そして少しおかしな)パウロの行動の背景にもまた、神の助けがあったことを示しています。
なぜなら、文字通り、ティティオ・ユストは神をあがめる人であったからです。伝道の不振のすぐとなりに、神はまた祝福を
備えていてくださるのです。
神をあがめる人の家でパウロは、ここでもただ、十字架につけられたキリストを述べ伝えました。
「わたしもそちらに行ったとき、神の秘められた計画を宣べ伝えるのに優れた言葉や知恵を用いませんでした。なぜなら、
わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めて
いたからです」(Ⅰコリント2章1-2)。アテネにおいて苦笑され、コリントにおいて批判されたイエス・キリストの十字架を、
パウロはここでも語り続けました。なぜなら、パウロの告げる福音の全重量はイエス・キリストの十字架にしか無いからです。
批判されようと、無視されようと、主イエス・キリストが、救い主であるということ、この方が、すべての人の罪を背負い十字架に
かかられたということ、この方が、私たちの恐れる死を克服し、復活されたということ、それゆえ死を恐れるすべての人は、
ただこの方にのみ依り頼み、その生を生きるべきであることを、パウロはここでもただ語り続けたのです。
福音を語る者に先んじて、主が働き、私たちを導き、守っていてくださいます。それゆえ、今日もこの町において、十字架のキリストのことを、
大胆に語って行きたいと思うのです。必ず現実となる幻を主から与えられている者とし、アドヴェントを目前にしたこの時を恐れずに
歩んでゆきたいと思います。